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unlikelyな日常

信義を重んじること

学生時代に縁があり、とある小さな会社でお世話になっていたことがある。
サイトを作るにあたり、幾つかの本が必要ということとなり、新宿の書店の開店時間に合わせて9時に集合しようと先輩社員と約束をした。
 
殊にインターンであり、会社にとっての知識もない自分が会社のお金を使って何千年とする本を買うのであるから事前も下調べもしっかりとして検討するべき本をピックアップし、その日をむかえた。
西口にある書店に9時についても社員の姿は見られず9:30になって初めて東口と間違ったと言う次第。結局到着は9:45であった。
 
私が言いたいのは、俺様の時間を無駄にしやがってこのやろう、というわけではない。
別に私の45分が無駄になったって地球がひっくり返ったりすることはない。会社のいち員で動く以上時間という唯一の共通認識である規則を守らなければならないという功利主義的考えでもない。
私が言いたいのは自分自身の信義の問題である。
守らないことで小さな利害関係しか生まないからこそ、その人自身の自分に対する信義が問われるのである。
 
では、その上司が結局どうなったかといえば、身内に不幸があったということで連絡もなしに姿を見せなくなり、結局退社していったのである。
それも私と二人三脚で進めていたプロジェクトをそのままにして。日々の約束を有耶無耶にする人は大きな出来事がおこった時に信義を貫き通せないと思うようになった。
 
世の中は大小様々な約束で複雑に構成されている。小さな約束さえ守れない人は大きな約束も破りかねない。どんな小さな約束でも忠実に守り、信義を重んじなければ、信頼を損なう恐れがあると感じた出来事であった。